音楽から福祉へ。「縁」が奏でる、福祉と未来。

企画展「はじまりの白」(2021.8.1~10.24) に出店してくださる皆様になぜその分野で生きることを選んだのかを聞くシリーズ。

第一回は、刺し子のトートバッグ、クッションカバーなどを制作されている〈就労継続支援施設TERAS company A型事業所〉を運営する、〈合同会社TOMOS companyの山中知博さん。

学生時代は経営学を専攻し、卒業後は塾講師や物流倉庫、音楽関係の営業職、フリーランスでの楽器制作・販売など経て、現在は同社で企画営業を担当されている。

全く異なる分野から福祉の世界へ飛び込んだ理由と、現在の仕事、そして未来の話を伺った。

山中さんが勤める〈合同会社TOMOS company〉(以下TOMOS)は、【福祉の未来に明かりを灯そう】というコンセプトを掲げ、3つの就労継続支援施設の運営を行なっている。

就労継続支援施設とは、身体や心にハンディーキャップのある障がい者と共に仕事をする場所だ。

利用目的や支援の仕方によってA型とB型に分類されるが、その大きな違いは、利用施設との雇用契約の有無。A型の施設では雇用契約を結び、最低賃金以上の給与が支払われる一方で、B型では作業時間と生産した商品の売り上げに応じて工賃が分配される。

B型は社会との接点を作ることや、通所して生活のリズムを整るということが前提にあり、作業内容はA型に比べて制約が少ないという。

どちらが良い、ということではなく、これはあくまで利用者の選択肢。

両方の形態の施設を運営するTOMOSでは、B型からA型へステップアップすることも可能。利用者のモチベーションにもつながっている。

音楽の世界から障がい者福祉へ

就労継続支援施設は数多くある中で、もとは全く別の業界にいた山中さんがTOMOSで働くようになったきっかけは何だったのだろうか。

「代表の飯島(前職はキャンドルアーティスト)とは同じ現場に出入りすることがあって、もともと知り合いだったんです。TOMOS companyができた時に、レクリエーションの一貫で何か楽しませにきて欲しいという話をいただいて関わるようになりました。」

音楽関係の仕事をする傍ら、自らも楽器の制作販売を行っていた山中さん。直感的に楽しめる楽器(パーカッション)の存在が、音楽と障がい者福祉を繋いだのである。

学生時代は人よりも自分のことで精一杯だったと話す山中さんだが、障がい者福祉について少しずつ理解していくなかで、代表の飯島さんから一緒に働かないかと声がかかった。フリーランスとして働いていた時期で、チャンスを感じたという山中さんは、ここから福祉の世界へ飛び込むこととなる。

山中さんの最初の仕事は、同社が運営するB型事業所TOMOS company(以下TOMOS)で作るプロダクトを整理することだった。ものづくりの幅が広すぎると、ブランドとして売り出していくにはインパクトが弱い。
流通に関わってきた経験から、何を作り、誰にアプローチするかというマーケティングを行い、TOMOSでは「刺し子」をメインプロダクトとすることを決めた。

「福祉の事業所ではものづくりをしているところも多いんですが、作って終わっちゃっているところも多いみたいなんです。作ったものを、どうパッケージにするかとか、どう売るか、というところまでいかない。福祉サービスの方が重点的で、事業運営の方が弱いなと感じる部分があります。」

福祉の分野のプロフェッショナルも、事業運営となるとまた別の知識や経験が必要となる。利用者と雇用契約を結ぶA型事業所では、事業運営の売上だけで利用者給与を支払うことが理想とされる。ところが、実際にそれを実現できているのは全体の10%程度だというから、福祉と事業運営を両立させることの難しさがうかがえる。

「刺し子」は多様性の象徴

施設の運営の要として選んだ「刺し子」。山中さん自身が刺し子に関心を持っていたということもあるが、大きな理由は刺し子が持つ、歴史と伝統、そして、自由な可能性だったそうだ。

「刺し子を作るにあたって色々と勉強をしたり、ミュージアムに足を運んだりするなかで、世界中にもたくさん刺し子があることを知りました。生活の中で必要とされたものだからこそ、世界でも行われていた。日本では和柄のイメージが強いですけど、世界の刺し子はもっと自由。こんな風に自由なさしこの表現をしていいんだなということを感じました。

その自由度、ということが施設の中での多様性に対応していけるなと感じたんですよね。」

ものづくりを通して就労継続支援施設としてあり続けるためには、それが利用者の作業として成り立つこと、作業を通して利用者に良い影響が生まれることが大切だ。利用者の“未来に明かりを灯す”という大きな目標に対して、刺し子の持つ様々な要素が上手くマッチした。刺し子は目的ではなく、手段なのだと山中さんは話す。 

TERAS companyの作業場

TERASでのものづくりは、施設の運営者と利用者が双方に助け合いながら進む。一方的に仕事を与えるということはなく、利用者からアイディアが生まれてくることもある。実際に作業場を見学させてもらうと、大きな明るい部屋に作業台がいくつか置いてあるだけで、人と人とを遮るような区画もなく、利用者と運営者が隣り合って作業をしていた。

「年齢・性別・障がいというところを超えて、一人の人生の中の同じ時間を共有しながらものづくりをしていることがすごく楽しいです。助け合いながら作業していくところに、社会の縮図のような、すごく凝縮されているように感じます。」

障がい者も、自分たちと変わらない部分がたくさんある

TERASでは、オリジナルのものづくりの他にも、イベントを企画したり、他の業種とコラボレーションをしたりと、外部の人と障がい者を繋ぐ活動にも力を入れている。障がい者との関わりを増やしていくことによって、社会全体として、障がいのある人と健常者との間にある”壁”を取り払っていくためだ。

2019年の周年イベントの様子

現状では、障がい者が社会に出ていく中で苦労を強いられる部分がまだまだある。施設として、ひいては福祉全体として、障がい者に対してできることは限られている。社会の協力があってこそ、利用者の未来は明るくなるのだと山中さんは話す。

「僕自身もそうだったんですけど、たぶん多いのは、どういう風に接していいかわからないということだと思うんですよね。根本的には何かしてあげたいという思いもあるけど踏み込めないというのが今の日本の現状かなと思います

なので、外部の方をどんどん取り込んで、関わる機会を増やすことによって、関わった人たちの感覚がすごく変わっていく。一緒にお酒飲めるんだ、タバコ吸うんだね、とか。

そういう感覚から、そんな自分たちと変わらないところもいっぱいあるじゃん、ってなってくると、だんだんみんな関わり方が変わってくる。今の段階ではもっと現状を伝えていくということが大切だと思います。」

ごく普通に初めて出会う人間同士も、コミュニケーションを取りながら、相手のことを理解していく中で距離を縮めていく。障がい者と接する中で配慮や理解が必要な部分はあるにしても、コミュニケーションの中で理解していくことは十分に可能だ。大切なのは、まずは受け入れることだと山中さんは話す。福祉とは全く異なる分野から入ってきたからこそ、知識以前の、人に対する接し方の根本的な部分の重要性を強く感じるのだそうだ。

色々な角度から価値を感じてもらえるものづくり

「縁」あって飛び込んだ福祉の世界。話を伺う中で、「障がい」をあくまでもフラットに受け入れていれる姿勢が印象的だった。ネガティブに捉えることはもちろんなく、かといって特別扱いすることもない。あくまでも一つの個性として、その個性を十分に発揮しながら生きられる社会を実現しようとしているように感じた。

ものづくりに関しても、プロフェッショナルとしてのものづくりと、福祉としての側面、どちらが先立つということではなく、あくまでも事実を事実として伝えていくのがTERASのスタンスだ。

最後に、TERAS のこれからについて話を伺った。

「障がい者福祉の分野が時代にまだ追いついていないんじゃないか、そこをなんとかしよう、という気持ちもなくはないんですが、そういう大きなことではなくて、利用者にとって必要な場所であり続けたいという想いが一番です。」

「ブランドとしてはまだ駆け出しなので、もっと魅力的なブランドであり続けたいですし、そのためにはもっとプロダクトも磨き上げていって、色々な角度から価値を感じていただけるようなものづくりをしていきたいと思っています。」

ひと針ひと針縫っていく刺し子は、ミシンで縫ったように真っ直ぐではないかもしれないが、そこには作り手のアイデンティティや多様性が表れる。

TERAS companyで生み出されるものに込められた、作り手たちの“意志”を感じてみていただきたい

TERAS company 公式HP

山中知博さん プロフィール

1981年 栃木県生まれ
2016年 (同)TOMOS company入社
商品企画・営業として、施設の事業運営に携わる。
音楽とモノづくり、そこから生まれる人との繋がりを大切にしている。

(取材・文 三山星)

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