ユキヒョウが開いた、地球へと繋がる扉

企画展「はじまりの白」(2021.8.1~10.24) に出店してくださる皆様に、

なぜその分野で生きることを選んだのかを聞くシリーズ。

第二回は、ユキヒョウの保全プロジェクトである「まもろうPROJECT ユキヒョウ」を主催するtwinstrustの木下こづえさん(姉・研究者)と、木下さとみさん(妹・広告クリエイター)。

写真右から 、姉のこづえさん、 妹のさとみさん

双子の姉妹である二人は、動物の研究者と広告クリエイターとして働く傍ら、それぞれの得意分野を活かして同プロジェクトを立ち上げた。モンゴルでの活動を皮切りに、インド、キルギスと、ユキヒョウの生息地でその場所に合った保全活動を行なっている。

時間的な制約もある中で、ユキヒョウの保全活動に勤しむようになった経緯を聞くと、そこから動物全般や地球全体の環境問題に対する深い理解と思いを聞くことができた。

ユキヒョウを知ってほしい!

ユキヒョウとの最初の出会いは、こづえさんが大学3年生の頃。
動物の繁殖に関心を持って入った研究室では、大学に隣接する動物園と共同で繁殖の研究をしていたそうだ。そこから学生として研究するようになったのがユキヒョウで、一番初めは受け身な出会いだった、とこづえさんは話す。

そこから数年、姉のこづえさんは博士課程に進み、妹のさとみさんは一足先に社会人に。

日々連絡を取り合う中で、さとみさんは、こづえさんの”ぼやき”を聞く。

「動物園でユキヒョウの研究をしていたら、通りすがりのお客さんがユキヒョウをみて、「チーターだ!」とか、違う動物の名前を言って去っていく。なんでユキヒョウって知られていないんだろうってぼやいていました(笑)」(さとみさん)

CMプランナーとして働いていたさとみさんが何気なく会社の上司にユキヒョウの話をすると、「ユキヒョウを知ってもらえる歌を書いてみたらどうか」と言われたそう。姉妹とユキヒョウの距離は、そこでぐっと近づくこととなる。

さとみさんがユキヒョウの特徴を書いた歌詞を書くと、提案してくれた上司の繋がりから、とんとん拍子にメロディーがつき、歌ってくれる人が現れた。

せっかく形になった歌をどう活かしていくかと考える中で、始まったのが、「まもろうPROJECT ユキヒョウ」。ユキヒョウとの出会いから5年後のことだった。

人づてに、野生のユキヒョウへとたどり着く

プロジェクトが始まったとはいえ、この頃は研究者であるこづえさんも動物園の動物を主な研究対象としており、野生のユキヒョウと繋がるつてはなかったそうだ。動物園でのユキヒョウの研究を野生にも活かしたいという思いがありつつも、踏み切れずにいたという。

「北海道の旭山動物園の園長がボルネオのオランウータンと動物園のオランウータンを繋ぐ活動をされていて。どうやったら野生と動物園との関係性が作れるのかを聞きに「えいや」の気持ちで北海道に行きました。

そしたら、その時たまたま環境省の方と出会い、その方の知り合いがモンゴルで野生のユキヒョウを調査していたよ、ということで、そこから保全活動をされているモンゴル人の方と知り合い、人から人へとどんどん繋がっていったんです。それで、クラウドファンディングを立ち上げました。」(さとみさん)

ユキヒョウへの思いが募った先のプロジェクト、というよりは、偶然が重なって形作られてきたこれまでの経緯を、お二人は楽しそうに話してくれた。

しかし、思いがけない進み方をするからこその苦労もある。初めてのクラウドファンディングでは、集まった資金で赤外線カメラを購入し、生息域に設置・調査を行なったそうだ。その当時、妹のさとみさんは普段オフィスに勤めていることもあり、フィールドワークの経験は皆無。モンゴルではほぼ泣きながら山を登ったというから、その行動力には驚きだ。

赤外線カメラを設置する様子

ユキヒョウが好きな場所が、なんとなく分かった

プロジェクトを走らせながら様々なことを決めていったというが、現地に行ったからには結果を残さなければならない。フィールドワークでは、ユキヒョウの排泄物などの痕跡を見つけることや、生息域での行動を予測することが重要な鍵となる。言葉にするのは簡単だが、広大な土地でピンポイントで探し当てることは並大抵のことではない。そこで活きてきたのが、こづえさんの動物園での研究だ。

「野生下のユキヒョウ研究者は、ユキヒョウを間近で長時間見る機会がほぼないんですよね。ただ、私自身は毎日動物園の個体を見ていたので、なんとなくユキヒョウの行動が分かるようになっていたんです。今も、レンジャーに「あの岩、ユキヒョウが好きだと思うよ」と言えるようになっています。」(こづえさん)

中でも印象的だと言うのが、こづえさんの感覚とレンジャーの感覚が合致しなかった時のこと。

「ここにユキヒョウが来そうだから(赤外線カメラを)つけたい、と言った場所があったんですけど、レンジャーにここにはこないよって言われて。そう言われて仕掛ける勇気はやっぱりなくて。でも、下山しながらも、なんかやっぱり来るんじゃないかと思って、もう一度「登って仕掛けたい」と言ったんです。その時の勇気はすごくいりましたね。」(こづえさん)

結局その場所ではこづえさんの予想通り、ユキヒョウの撮影に成功した。

山肌をじっと見ながら、獲物を探しているユキヒョウ

「山を見ていて、自分がユキヒョウだったら、この場所から草食動物たちが来るのをぼーっと見ているんじゃないかなって思ったんですよね。そしたらまさにそんな感じてぼーっと見ていました。くつろいでいたんですよ。」(こづえさん)

動物園での研究成果は、きちんと伝えていく

こづえさんの動物園での研究経験が、野生のユキヒョウの調査に活かされていることは明らかだ。
しかし、動物園はその存在に賛否が生まれやすい施設。動物たちがかわいそうだという意見を一概に否定することはできないが、こづえさんら研究者も、動物園の運営側も、動物たちや地球環境へ還元する取り組みを行なっている。

動物園の存在や、動物園に対する世間の捉え方について、お二人の考えを伺うと、口を揃えたのが「伝え方の工夫」だった。

動物園(水族館も含む)は飼育技術や繁殖技術を作る場になっており、その技術は野生の種が絶滅の危機に晒された時に真価を発揮する。野生動物を保護したとしても、そこで飼育や繁殖をすることができなければ、絶滅は加速してしまうのである。

動物園は博物館施設として、その役割や、研究成果というものをしっかりと伝えていく必要がある。広告クリエイターとして動物園のメッセージ発信に関わることもあるというさとみさんは、こう語った。

「お客さんが動物園にエンターテイメントを求めるなかで、いかにして学びを持ち帰ってもらうか、動物園の職員の皆さんも色々と工夫されています。動物が獣舎のなかで生き生きとくらしてこそ、伝えたいことが伝わるものですので、言葉だけでなく心でも感じ取ってもらうにはどうしたらいいのか難しさを感じることもありますね。」(さとみさん)

そうはいっても、動物園が必要かどうかというという問いに対しては、どこまで考えても、正解はない。
動物園の存在意義は人間的な価値観でしか計れないのがもどかしいところだ。

絶滅の危機にある動物たち 私たちはどう関わる?

ところで、絶滅の危機に瀕している動物はユキヒョウに限らない。これまで話を伺って、お二人にはユキヒョウと関わる偶然のきっかけがあったからこそ、今の活動に繋がっているわけだが、そんなきっかけがない人は、どの動物に対して、どれだけの支援をしたら良いのだろうか。

:「自分に身近に思えるところからだと思います。そうなると、オランウータンとパーム油は、身近に関わる問題として捉えやすいかもしれないですね。」
※世界中で最も消費される植物油であるパーム油を生むアブヤシの植林のため、オランウータンの生息域が奪われている。

:「私もやっぱり自分の生活に関わるところで寄付したりしたくなるので、オランウータンとか食糧関係とか。
そういう意味では、ユキヒョウが日本人の生活と直接繋がっているかといわれると、オランウータンほどの直接さはないので、寄付をお願いする立場になると、「生活との繋がり」を伝えるのは難しいなと思う時があります。」

:「すごく間接的には関わってはいるんですけどね。」


あらゆる社会課題に対して、生活に密接に関わる部分は自分ごととして捉えやすい。だからこそ、身近なところから小さなアクションを起こすことは決して難しいことではないだろう。しかし、注目されにくい無数の事柄が積み重なって、私たちの生活は支えられていることを忘れてはいけない。

ユキヒョウに話は戻るが、ユキヒョウが私たちの生活に間接的に関わっていると話すこづえさんにもう少し詳しく話を聞いてみた。

「ユキヒョウは高山に生息していて、アジアの様々な国をまたいで生息しているんです。
パキスタン、インドなど紛争しているところにぐるっと生息しているんですよね。すごいところでは、ロシア・カザフスタン・モンゴル・中国が交わるところもあります。ユキヒョウはかっこいいのでどの国も象徴種にしたいんです。そう思うと、みんなで守ることで平和を作れる動物なんですよね。ある意味親善大使と言えます。」(こづえさん)

ユキヒョウが生息する国々では、ユキヒョウは生活の一部として馴染んでいる

もっと具体的な話では、ユキヒョウが生息する地域で飼われている羊の毛は、しばしばカシミアのセーターの原料として使われることもあるという。ユキヒョウが平和の象徴だとすれば、そこのバランスが崩れることによって、私たちが意識せず手にしている多くのものが消えて無くなってしまうかもしれない。壮大な話に感じられるかもしれないが、どんなものも元を辿っていけば地球全体に繋がっていくのである。

ユキヒョウから、さらにその先へ

ユキヒョウの保全の話を伺っているつもりが、繋がっていった先は地球全体の問題。お二人にとってユキヒョウの保全はライフワークであると同時に、より広い世界へと関心を開いていく扉でもあったようだ。

普段生活する上では、衣服の由来を見て選んだり、マイボトルを持ち歩いたり。ユキヒョウを調査する中で出会った食文化がきっかけで、食べ物の需要と供給、命のサイクルに悩んだり。

しかし、実体験を伴うからこそ自分ごととして捉えられるお二人の意識と、周囲の人の意識とでは、その間に溝が生まれている感覚を味わうこともあるそうだ。

「会社の会議室のオフィスビルの中で話していると、(SDGsなどの議論に対して)机上の空論というか、その言葉に血が通っていないというか、生命入っていないなって思うこともあったり、逆に自分が一般の感覚とかけ離れてしまったのではないかと心配になることもあります。

かといって全員野生環境に身を置けるわけではないので、どうやったら普段の暮らしの中でつながりを感じられるのか、心を動かすことができるのかなって日々考えています。」(さとみさん)

世界中に散在する多くの社会課題に対して、その全てに実感を伴うことはできないが、身近なところから想像していくことはできる。SDGsやサステナブルといった言葉が先行することも多いが、その言葉をなぞるだけでは、本来地球全体として考えるべき小さな部分を見落としかねない。その一例として、ユキヒョウの保全も、どこかで自分の生活に繋がっているかもしれないということを想像する契機となるのではないだろうか。

最後に、お二人にこれからの目標を伺った。

:「色んな動物を見ていると、それぞれ何かのスペシャリストなんです。色んな生き物がいて、色んな人間がいる。自然と共生するということは、単一ではなくて、色々なものが一緒にいることなので、その多様性をたやさないこと。色んな多様性があっていいんだよ、みんな何かのプロフェッショナルなんだよ、っていうことが伝えることができたらいいなって思います。」

:「ユキヒョウって招き猫で、いろんな人とのご縁やつながりを運んでくるんですよね。私にとっては全然違う世界の人たちなので、ユキヒョウにはそんな風に繋がっていく面白さがあるんだなって思います。もしパンダとかキリンとか、メジャー動物だったらそこまで繋がっていなかったと思うんですよね。ある意味マイナーだからこそ、深く濃く繋がっていく面白さがあって。明らかな目標というよりは、走りながら色んな人と繋がって広がっていくといいなって思います。」

:「やめないことですかね(笑)研究で言われたことなんですけど、『展望は広く、専門は深く』色んなものを見ながらも、マインド的にはぶれずに。その姿勢を続けていくことかなと思います。」

「まもろうPROJECT ユキヒョウ」HP

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<活動実績>
2011年「ユキヒョウのうた」を制作
2013年  双子で「twinstrust」を発足
モンゴルの野生ユキヒョウと動物園をつなぐプロジェクトを実施
2015年  インド(ラダック)の人と野生ユキヒョウの共存に向けたプロジェクトを実施2018年  大牟田市動物園とキルギスの野生ユキヒョウをつなぐプロジェクトを実施
2019年  JICAの一村一品プロジェクトとユキヒョウグッズを開発し動物園にて販売を開始


木下こづえ さん

双子の姉。京都大学野生動物研究センター助教。

絶滅の危機に瀕する動物たちの保全繁殖研究を行っています。主に、ユキヒョウを対象に、動物園や野生下で研究しています。ユキヒョウは中央アジアの12か国に生息しており、世界でもっとも高いところにくらすネコ科動物です。そのため、その姿を直接見た人は少ないです。高山生態系のトップに位置する彼らは生態系維持のために重要な動物であるだけでなく、中央アジアの象徴種でもあります。研究を通して培った人々の輪を生かして、妹と一緒に保全活動に従事しています。


木下さとみ さん

双子の妹。コピーライター/CMプランナーとして広告会社に勤務。

ゾウやキリンのように絵本に登場するメジャー動物だけでなく、ユキヒョウのようなマイナー動物にもスポットライトをあてて魅力を伝えたいと思ったことが始まりです。好きになることで、彼らが置かれている状況を知り、自分の生活とつながっていることを感じてもらえたら嬉しいです。絶滅危惧種の保全活動をもっと楽しく身近なものに変えられるよう、広告の仕事で培った「伝える技術」「行動を促す仕組みづくり」を活かしていきたいと考えています。

(取材・文/三山星)

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